90年代、英国でジャズはクラシックより人気がなかった!?
英国にアメリカからジャズが伝わってきたのは1919年と記録されています。以来、UKジャズの歴史はいくつか独自の発展を記録しつつも、基本的にアメリカでサウンドが更新される度に少し遅れてついていくような感じでした。(この辺りはジャズを中心に置いて見ていくよりも、ロックとの関わりにフォーカスを置いた方がより楽しめる気がします。)
80年代半ばからのクラブシーンでのレアグルーヴの隆盛を横目に、90年代にはなんとジャズ・コンサートの集客率は当時の英国の成人人口のわずか6%以下にまで落ち込んでいきます。クラシックのコンサートでさえ集客率が約12%もあったという数字を見ると、90年代以降いかに英国でメインストリームのジャズが人気が無かったかが伺えます。当時メインストリームのジャズはもはや「クール」ではなかったのです。
若者が溢れるスピリチュアルジャズコンサート
そんな状況に変化が訪れていることを伝えるエピソードが伝統あるロンドン・タイムズのWeb版にアップされています。2018年1月5日に公開された記事「How jazz got back its cool」の冒頭のエピソードで、ウィル・ホジキンソン記者は16歳の息子にコンサートに連れて行ってほしいとお願いされます。そのコンサートとはジョン・コルトレーンとアリス・コルトレーンのトリビュートイベントで、メインアクトは77歳のファラオ・サンダース。彼が特別にジャズが好きな男の子というわけではないらしく、会場には同年代の若者が溢れていたそうです。
(このコンサート気になったので調べてみました。2017年11月18日にバービカン・センターで行なわれた「A Concert for Alice and John」というイベントで3組のジャズバンドが出演。驚いたのは注目を集めている若手ジャズミュージシャンが出演していないこと。)
90年代のUKでは誰も聴かなくなっていたジャズが、2010年代後半のいまになってなぜ急に人気がでているのでしょう。
i-Dの記事「jazz, but not as you know it」にもこんな一節が躍ります。
“So why is everyone listening to jazz?”(なぜみんなジャズを聴くようになった?)
なぜみんなジャズを聴くようになった?
アダム・モーゼス(Jazz re:freshed)「私たちはShuffle Generation(シャッフル・ジェネレーション)の時代に生きています。ミュージシャンとリスナーは、自分の携帯電話やiPodの中の音楽コレクションをシャッフルモードで聴きながら成長してきました。この世代はジャンル間の境界がぼやけている。音楽を聴く方法も変わりました。1つのジャンルにこだわる人が少なくなり、Jディラからフェラ・クティ、Skepta(スケプタ)に至るまで、さまざまな種類の音楽を聴いている人が増えています。」
モーゼス・ボイド「SpotifyやYouTubeといったものがジャズへのアクセスを容易にし、より多くの人々へ解放されているのをあなたは確認できます。」
アダム・モーゼス「シャッフル・ジェネレーションでは、ヒップホップ・チューン、ポップ・チューン、ジャズ・チューンはすぐにシャッフルされます。そしてミックスの中にジャズが入っていることは信じられないほどクールです。」
具体的にどういうことでしょうか?
Spotifyは無料で楽しめるフリープランの場合、数曲に1回広告が流れるほか、スマートフォンからの聴取では基本シャッフル(ランダム)プレイという制限があります。これはアルバムでもプレイリストでも同じで曲順の意味をなくします。
そして、Spotify UKがキュレーションする10万人(※2018年1月時点)のフォロワーを持つ人気プレイリスト「Chillmatic」には、
Jorja SmithやJitwamといったアーティストのトラックと一緒にBraxton CookやChristian Scottといったジャズミュージシャンの曲が並びます。
33万人のフォロワーをもつプレイリスト「Sweet Soul Sunday」ではKhalidやKelelaにJordan RakeiやSarah Elizabeth Charlesといったジャズミュージシャンの演奏をバックに持つ曲が混じり込みます。
こうした10万人を越えるフォロワーをもつ「キー・プレイリスト」にセレクトされることでアーティスト単位ではジャズを聴かないリスナーにも自然と届くようになっていました。しかも「クール」な音楽として。
2017年の夏、UKのSpotifyでジャズの聴取は前年比で56%も増加します。
「彼らはジャズのことを知らないかもしれないが、彼らはしっかりピックアップしている。」
ビンカー・ゴールディング「私は誰かの音楽歴や知識を気にしない。彼らが今までハウスミュージックを聞いていてコルトレーンのレコードを聞いたことがないとしても関係ありません。 彼らが今私たちを聞いていることをうれしく思います。」
プレイリストが変えるジャンルの意味
ジャズピアニストNeil Cowley(ニール・カウリー)は、自身のソロピアノ曲が当時
190万フォロワーを誇った(現在は346万フォロワー)人気プレイリスト「Peaceful Piano」に取り上げられたことで2ヶ月で200万再生された経緯を英ガーディアン誌Web版に寄稿しています。記事の中で、今までは曲に映像をつけたMVをYoutubeにアップして、SNSなどを駆使して宣伝しそれが3日で3千回再生されればよくやったと満足していたそうです。ところが人気プレイリスト「Peaceful Piano」に取り上げられると1日の再生数は平均約2万5千回。
ニール・カウリー「”ジャズ”アーティストとしての私にとって本当に解放的なことは、伝統的なジャンルの言及が全くないことでした。<中略>この新しい音楽の提示方法のおかげで、ジャンルはそのアイデンティティを完全に変えているかもしれません。もしかしたらその意味を失っているかもしれません。「ジャズ」や「クラシック」のような古いラベルは、公園のゲートボールのような気分になり始めます。率直に言って、私は本当に自分自身をジャズのアーティストとは思っていません。少なくとも、1つのジャンルに制約されたアーティストではありません。私の好みは広すぎる。私の探求は、私が好きな音楽の要素をどこからでも見つけても融合させることでした。」
別の例も、
“このランキング(※日本国外で最も再生された日本のアーティスト)の注目すべきところはここから。まず4位の坂本龍一は、映画のテーマ曲である「The Revenant – Main Theme」(映画『レヴェナント:蘇りし者』)と「Merry Christmas Mr. Lawrence」(映画『戦場のメリークリスマス』)が<海外で再生された国内アーティストの楽曲>の10位以内にそれぞれランクイン。2017年の坂本は8年ぶりの新作『async』が国内外で高評価を獲得していたが、実はそのほかにも読書のBGM向けな「Reading Soundtrack」などのムード系プレイリストで過去の代表曲がコンスタントに再生されつづけており、それがこのランキング上位につながったようだ”
(出典:「Spotify 2017年間ランキングを分析」)
プレイリストが新たなメディアとして機能して、リスナーに新たな音楽聴取の機会を、アーティストにとっては新たなリスナーを生み出しているのがわかります。
また、Spotifyのプレイリストが過去の音楽アーカイブに、従来のリスナーや音楽評論家が積み上げてきた価値観とは違う意味を付加しているのが分かるサンプルがあります。
一般的なジャズファンの感覚では、ビル・エバンスで最も多く聴かれている曲は?と聞かれたらおそらく「Waltz for Debby」のA-1「My Foolish Heart」を挙げる人が多いと思います。その予想はApple Musicでは正しいですが、プレイリストとシャッフルが大きな力を持つSpotifyでは機能しません。
Spotifyで1番聴かれているビル・エバンスの曲は「My Foolish Heart」ではなく、アルバム「Everybody Digs Bill Evans」収録の「Peace Piece」。
ダブステップとジャズのフィールを融合したサウンドが人気のシンガーJamie IsaacなんかのUK新世代がフェイバリットに挙げる曲です。今までにも文脈の再編成が起きる瞬間が何度かありましたが、今まさにSpotifyでそれが起こっています。
ティアナ・メジャー9「私はそれが典型的なジャズのことではないことを知っていますが、私は人々に私が言っていることを理解してもらいたいのです。 私はジャズのアーティストのようにドレスを着ない、ジャズのアーティストのように受け取られない。 みんなジャズを楽しむのは年配の人だけと思っています。が、ジャズはとてもフレッシュです。常に変化しています。 人々のジャズ観を壊したい。」
音楽を体験したいオーディエンスと一緒に発展したジャズムーブメント
USのジャズシーンと違う、クラブミュージックと親和性の高い音楽性を持つUKのジャズシーン。その背景にはこんな事情もありました。
「それは音楽を聞きたい若い世代と一緒に発展したものです」と”We Out Here”ムーブメントをシャバカ・ハッチングスは説明します。
2007年以降、ロンドンのライブハウスは次々に店を閉めていったため、若手ジャズミュージシャンはそれぞれのコミュニティを出て新しいオーディエンスへ繋がる必要がありました。
シャバカ・ハッチングス「私たちは若者がジャズを聴くのにたくさんのお金を必要としない方法を見つけました」
ドリンク2つ分の価格で入れる場所、DIYのベニュー、貸し倉庫、そして街のあちこちで行なわれるダンスパーティー。シーンを経験するのに高いチケット代は必要としませんでした。
モーゼス・ボイドとユセフ・デイーズも、クラブがイギリスのニューウェイブジャズが発展する土台になったと口を揃えます。
今、なぜジャズはルネッサンスを楽しんでいるのですか?
ユセフ・デイーズ「多分それは他のジャンルやシーンの影響です。 グライムミュージックのようなエネルギーを持っています。そのエネルギーが楽器で演奏された。それがジャズがエネルギーを取り戻した日です。人々はこのShitで踊っていた! それはエネルギーを持っていた。 初めて、我々はアメリカが今何をしているのか見ていない。私たちは自分自身の音楽に自信があります。」
出典:
THE FALL 「London Jazz, The Capital’s Latest Scene」
THE TIMES 「How jazz got back its cool」
TimeOut 「London’s new wave of underground jazz talent hits NYC」
BOILER ROOM「Residents’ Hour: Adam Rockers (jazz re:freshed)」
i-D「jazz, but not as you know it」
The Guardian「Don’t mention the J-word: how Spotify gifted my jazz tune two million hits」

We Out Here(2枚組アナログレコード)
Shabaka Hutchings、Moses Boyd 、Joe Armon-Jones擁するEzra Collectiveと燃え盛る若きロンドンのジャズマン達が大集結。UKジャズの新たなる記念碑がここに。
Gilles Peterson主宰の名門より、ストリートを中心に若きジャズマンたちによって生々しい活気に満ち溢れた新たなシーンを形成しつつあるロンドン・ジャズの“現在”をリポートするプロジェクト『We OutHere』がリリース。本プロジェクトは自らのバンドthe AncestorsやSonsof Kemetを率いて、ブラック~アフロからアヴァンまで現在のUKジャズ・シーンを牽引するShabaka Hutchingsが音楽ディレクターを務め、全曲本作のために録り下ろされた新曲を収録。収録アーティストはそのShabaka Hutchingsをはじめ、若手屈指の才能として大きな注目を集める天才ドラマーMoses Boyd、そして今最もアルバムが待たれている件伴奏者JoeArmon-Jones、そのJoeもメンバーとして名を連ねている南ロンドン・ストリートを席巻するEzra Collectiveなど今最も注目すべきアクトが集結。アシッド・ジャズやブロークン・ビーツの遺伝子を引き継ぎながら、エレクトロニカからダブまで様々な音楽要素を折衷してきたUKジャズの歴史を60年代のハード・バップの如き熱量で再生した現代ジャズの真骨頂にして、記念碑となるべき作品がここに誕生した。
コメント
[…] アシッド・ジャズやNu Jazzといったジャンルの流行が落ち着いた2000年代初めはUKジャズの暗黒時代と呼ばれ、イギリスにおいてジャズはクラシックよりリスナーが少ないという統計が出たこともあったという。しかし2010年代になり、米ジャズの新たなスーパースターKamashi Washingtonの登場や、Kendrick Lamarによるジャズを大々的にフィーチャーしたアルバム「To Pimp a Butterfly(2015)」のヒットなどに引っ張られるかたちで、ジャズという音楽が再び世界的に脚光を浴びはじめた。そしてそれに合わせるように、冒頭にあげたような若手の天才ジャズ・プレイヤーたちが頭角を現したり、スーパースターDJ、ジャイルス·ピーターソンが本腰を入れてプッシュしたりして、UKのジャズ·シーンは奇跡の大復活を遂げたのだ。 […]